麻酔-鎮静編

安全な麻酔をかけるには獣医師がそれぞれの麻酔薬の特徴、効果、副作用、薬に対する動物の反応、動物種における違いを熟知する必要があります。動物種に関しては馬、牛、豚等についても学んできていますが、普段診療しないため普段は使わない知識になります。当院は犬や猫が主な診療対象動物でこの2種類だけでも麻酔の効果や副作用が違うため、これらの違いを意識して適切な薬剤を適切な使用法で使います。

今回は麻酔の中でも鎮静にフォーカスを当ててご紹介します。

鎮静と全身麻酔の違いはなんでしょう。

鎮静とは

ー眠気を伴う中枢神経系の抑制状態に。痛みには反応する状態

一般的に鎮静剤は精神安定剤や睡眠導入剤などの薬と同じ分類にあります。中枢神経抑制薬の多くは、脳の活動を抑制する脳内神経系伝達物質γ-アミノ酪酸(GABA)やグリシンの働きを高めることで作用を示します。

全身麻酔とは


ー鎮痛、意識消失、筋弛緩、有害反応防止の4つを揃えて肉体的および精神的苦痛を取り除いている状態



全身麻酔痛みを伴う手術や処置の際に使用しますが、鎮静は痛みは抑えないため不安を取り除く目的で使用されますが、
鎮静も鎮痛効果のある薬剤と組み合わせて使うのが一般的で強い痛みを伴わない処置にも使用できます。

鎮静処置の例(一般的に鎮痛作用のあるものを併用します)

  •  局所麻酔で切除できるような小さなできもの(腫瘤)の切除 不安が強い子や顔に近い出来物などの場合
  •  尿路閉塞時の尿道のカテーテル挿入(健康な子の検査時と異なり、尿路疾患の場合はカテーテル挿入に痛みも伴い暴れると膀胱破裂などの危険が起こるため鎮静処置になることが多いです)
  •  爪折れの処置

鎮静剤の種類】たくさんの種類があります。
これらは鎮静剤ですが、全身麻酔の麻酔前投与薬として麻酔薬を減らし安全、安定した麻酔をかけるのにも使用されます。緑のラインは普段病院で使う頻度が高い薬です。

  • フェノチアジン系トランキライザー(アセプロマジンなど) 鎮静作用がありますが、鎮痛作用がないため他の薬剤と併用すると良好な鎮静と鎮痛が得られることもあります。
  • ブチロフェノン系トランキライザー(ドロペリドール 、アザペロン)
  • ベンゾジアゼピン化合物 マイナートランキライザー (ジアゼパム、ミダゾラムなど) 痙攣の治療に使われます。健康な子には単独だと鎮静がかからず興奮することがあるものの、他のオピオイドやケタミンと併用すると良好な鎮痛と鎮静が得られます。拮抗薬(薬の作用を消す薬)があります。
  • α2作動薬(メデトミジン、デクスメデトミジン):鎮静・鎮痛・筋弛緩作用全てを併せ持つ薬です。循環呼吸抑制があります。呼吸循環抑制があるものの適切使用でメリットが高い薬です。拮抗薬が、あります。
  • オピオイド(モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニル、ブプレノルフィン、トラマドール
     脳の中のオピオイド受容体というところに作用し鎮静・鎮痛の他に麻薬特有の多幸感・不快感・興奮・違和感などの作用がありますが、併用薬や量の調整で優れた鎮痛剤になります。トランキライザーやα2作動薬と併用して使用することをNLA:neurolcptanalgesia(神経遮断鎮痛)といい動物が非常に落ち着いて筋肉が弛緩した無痛状態が得られます。
    中程度から強い痛みを伴う手術の時は必ずといって良いほど使用されます。心血管系への作用が最小限なのもメリットです。 いわゆる麻薬とされる薬もここに入り法律で規制されています。
  • 解離性麻酔薬(ケタミン):解離性麻酔薬と言われるケタミンは昔から使いやすい麻酔薬として獣医療で使われてきました。脳 の表層部分(大脳皮質)を抑制,深層部分(大脳辺 縁系)を刺激し,両者の機能を解離させることから 解離性麻酔薬と呼ばれます。呼吸抑制が起こり難く血圧を維持しやすいのが特徴です。自分の手足が遠く感じると表現されることがあります。少ない用量で他の薬と併用することにより全身麻酔の前投与として優れた鎮痛作用があります。鎮静でも使用されます。ただ、人では精神依存性があることから不適切な乱用が増えたことを背景に麻薬指定されました。

鎮静で使用するお薬をご紹介しました。

病状、持病、その子の性格などを考慮しながらこれらの薬の組み合わせでそれぞれの量を細かく調整してより良い鎮静を行うようにしております。

また、”麻薬”と効くと怖い印象をお持ちの方が多くいらっしゃいますが、手術の痛みの程度、体の状態に合わせて選択し併用することで各々の薬のメリットが出て副作用が出ても影響のないレベルになることが実証されております。

我々獣医師は麻酔が怖いという感覚ではありませんが、慢心しないで実施するということがいつも大切だと思っております。
お家の子に痛みを最低限で不安を排除して安全に適切な治療ができるように努めております。


麻酔や鎮静処置が必要だけど不安がある方はお気軽にお問い合わせくださいね。

この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。