誤食・盗食シリーズ 催吐処置

犬や猫では食べてはいけないもの、すなわち異物を飲み込んだ時催吐(吐きを誘発させる、吐かせる)という処置によって消化管から取り出される治療が行われます。誤食・盗食の際には一般的に行われる治療です。

催吐とは医学的方法で吐き気を誘発する治療行為のことをいいます。

今回は日常の診療で多く遭遇する異物誤食の催吐処置について改めてご紹介します。

適応

毒物などを誤って摂取した犬や猫の上部消化管からの除染、または消化できない胃内の異物の除去に一般的に適応となります。催吐処置は胃内に溜まっている、存在していると思われる場合に実施するもので、胃の先に進んだ十二指腸より先(小腸・大腸領域)に流れてしまったものに対しては全く効果がありません。
催吐処置はオーナー自身がおうちの子が食べてしまっていることがわかっている場合に実施されることが多く、通常はそのアクシデントからすぐに行われるべきものになります。通常は1時間以内、2−3時間であれば食べてしまったものによって催吐が有効なことがあります。さらに時間が経っている場合は食べたものによるのですが、X線検査やエコー検査で吐かせることで取り出せる可能性があるのか、検討します。難しければ内視鏡検査で取り出すことや経過観察が推奨されます。すでに消化管閉塞を起こしていれば開腹手術になってしまいます。

実は催吐治療は禁忌や適応外のケースもあります。
(禁忌とは医療行為では適応の反対。治療でいうと行うことによって害が及ぶ可能性が高い治療のことです。)

禁忌

  • 誤食物が以下のようなものの場合は注意が必要です。
    • 腐食性物質(漂白剤、化学物質など)の摂取したケース
    • 先鋭なもの(尖ったもの)を砕かずに飲み込んだケース
  • 誤嚥性肺炎を起こすリスクが高い子
    • 意識障害がある子
    • 喉頭麻痺がある子、疑われる子(嚥下がうまくいかずに嘔吐したものが気道に入ってしまいます。)
    • 嘔吐反射がない子
  • 誤食後、すでに何度も嘔吐している場合
  • 呼吸が苦しい子、呼吸困難な子
  • 無毒または非常に毒性の低い物質または用量の摂取だったことが明らかな場合
  • 消化管液(胃液など)を催吐により排泄した後に悪化する可能性のある重度の酸塩基異常がある子
  • 鎮静状態

検査

  • 催吐前に血液検査が推奨されるケース
     異物を吸収することによって身体や臓器に影響がでる可能性が高い場合に実施します。誤食後になんら症状が出ていなくてもベースの値をあらかじめ検査して、中毒が出た時に誤食前の数値と比較し中毒の有無が確認できます。また、どのくらいの程度、中毒が出ているのかを確認することによって治療の指標となります。

     例:赤血球の酸化を起こし貧血を起こす可能性があるネギ系、ユリなどの腎不全を引き起こすもの、キシリトールなどの低血糖を起こすもの。膵臓・肝臓・腎臓に影響を与えると考えられるもの。
  • X線検査 基本的に催吐が推奨される場合でにはX線検査で消化管を確認することを推奨しております。
    • 本当に誤食しているのか(オーナーの目の前でまさに食べてしまった場合は疑うことはない)
    • 飲んだものは胃にありそうなのか(食道に存在?胃から排泄されしまってないか?)
    • 知らずに別の異物も飲み込んでいる可能性はないか(今飲んだものの他にすでに飲み込んでても症状がないまま過ごしている子がいます。X線に写り込む固形物が胃や消化管に停滞していないか)もちろん、X線検査で映らない物体は確認ができない可能性があります。
    • 胃の内容量のチェック。胃に少量の内容があった方が吐きやすいとされる。胃が膨満しすぎていると吐きにくくなる。胃の内容量的にはおそらく吐きやすいだろうと思われるのに、実際に催吐して嘔吐しても吐物がでてこなかった場合は、異物の形状などの問題から胃から出ずらい状態にあると考える。飲み込んだ時には飲み込めても嘔吐で出ないケースは多々ある。
    • 催吐後に胃の容量がどのくらい残っているか催吐前後で確認するため:通常催吐して一回に吐ける量は胃の内容物の50-70%とされています。(丸呑みではなく齧って飲んでしまったり、液状で先に食べていた食べ物に付着するようなものが一部出てきた時には、全てを排泄させる必要があると考える。)


催吐剤について

嘔吐を引き起こす医薬品によって催吐を行います。

催吐処置は健康な子に対して実施するのであれば、一般的にはリスクは高くないものになりますが、それでも副作用が起こり得るために想定されるリスクを熟知していないと行えない処置です。

また、催吐剤は多種ありますが、通常催吐剤として使用されるものはその薬の本来の効能以外の副反応(不作用)である催吐作用を利用しているお薬が多くあります。
効果発現時間が短いこと、効果が持続しないこと、安価に使えること、投与が大変ではないことなどがあげられますが、何より、強いデメリットがないこと、すなわち、比較的安全に使えることが大切です。

催吐剤は猫と犬で作用が同じものもあれば効果が違うもの、一方には使用禁忌の薬品もあります。全般的に犬は90%以上と高い催吐率であるに対し、猫の催吐率は半分程度です。

催吐剤の種類

  1. 注射剤 

    ・静脈内投与
    トラネキサム酸:止血剤の一種で、獣医療および人医において外傷患者の出血を制御するために広く使用されています。通常の薬用量より多く投与すると嘔吐が引き起こされるため日本の獣医療では長く使われています。犬で催吐の効果は高く、猫では効果が下がります。投与後の効きが早いのが特徴です。過去の報告においても4−5分以内に全ての犬が吐くことができたという報告もあります。当院でも普段の診療でも同じ効果を感じています。発作や痙攣およびアナフィラキシーショック、血栓等の副作用もあるとされますが、副作用が出現する頻度は限りなく低く、使うメリットが大きい薬剤になります。
    ・皮下注射・筋肉注射
     ・アポモルフィン(アポモルホン):海外やテキスト上では通常に使用する薬品です。主に犬
     ヒドロモルフォン:猫で有効です。効果が出なかった場合はミダゾラムという麻酔導入薬を併用すると催吐率があがります。
    デクスメデトミジン:5割から8割程度の催吐率がありますが、鎮静がかかってしまう可能性があります。ただ、拮抗する(薬の効能をとく)お薬があるため便利です。
  2. 経口剤
    炭酸ナトリウム:食用の添加物として使用されてきました。酸と反応して泡が生成され嘔吐を引き起こすものです。過去のデータでは8−9割程度の成功率で犬猫ともに使用できます。
    3%過酸化水素水:古くから使用され教科書的にも記載がある薬剤です。オキシドールとも言われるものでいわゆる創部に使用される消毒剤です。飲むと胃の中で発泡して嘔吐を誘発します。当院ではこの薬剤は使用しません。なぜなら、私が夜間救急で働いてた時代に他院でこの薬を使った後に具合が悪くなった子、この薬を投与してもうまく異物がでずにセカンドオピニオンに来院した子を拝見したのですが、特に内視鏡で胃を観察すると、過酸化水素水を飲ませた後は胃粘膜が激しく荒れていました。使用濃度や量によって安全に使用できる可能性もあるかと思いますが、他の薬剤で成功率が高いため使用をしていない経緯があります。
  3. 点眼剤
    CLEVOR(ロピニロール);アメリカでは米国食品医薬品局(FDA)で承認された嘔吐を起こさせる点眼薬です。30分以内に95%の犬が嘔吐したというデータがありますが、通常は20分くらいの時間が効果判定に必要で、トラネキサム酸と比較すると時間がかかります。最大のメリットは静脈注射のルートが必要なく投与が簡単にできる点です。

催吐後ケア

異物が排泄したかどうかによりますが、もしうまく吐かせることに成功したとしてもその後もケアが必要です。

  • 制吐剤を投与する
    催吐剤による吐き気は通常一時的ですが、稀に催吐後にまだ吐いているとセカンドオピニオンを受けることがあります。状況によるものの、処置後は通吐き気どめを使用するようにして安心して通常の生活ができるように心がけています。
  • 脱水予防・脱水補正 水分補給の点滴を行う
    催吐処置は胃液ごと胃の内容物を吐かせるため体液の損失により脱水するリスクがあります。また催吐による体力の消耗も少なからずあるでしょう。予防的意味合いでも必ず静脈点滴や皮下点滴などによって水分やミネラルを補給をします。特に幼齢動物は催吐後に点滴をしないことによる体調不良を起こしやすいです。
  • 必要に応じ入院観察
    摂取したものが毒物の場合は催吐をおこなってもすでに消化吸収されていた可能性もあるため、今後起こり得るリスクに備え観察入院を勧めることもあります。


    誤食・盗食の治療の肝となる催吐処置についてご紹介しました。

参考文献

Hitoshi Kakiuchi et al.2014 AVMA
Choi JY, Kim et al. 2019 JVS
Watson, A. et al.2019 Vet J
Yam, E. et al. 2016 Aust Vet J







この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。