心膜液貯留


心膜というのは心臓の周りを取り囲む袋状の膜のことです。

通常、この膜と心臓の間には潤滑剤のように心臓が動く時に滑るのを助けるための少量の透明な液体が存在しています。しかし、心膜液貯留という状態は過剰な量の体液が心膜嚢内に蓄積し、心臓が圧迫されることで心臓がうまく血液を送る機能(ポンプ機能)が妨げられる状態です。

心膜液(心嚢水)貯留は様々な原因の病気で起こりますが、犬種はボストン テリア、ボクサー、短頭種(短頭種)、イングリッシュ ブルドッグ、フレンチ ブルドッグ、ジャーマン シェパード ドッグ、ゴールデン レトリバー、グレート デーン、グレート ピレニーズ、ラブラドール レトリバー、セント バーナード、ラブラドール レトリバー、ワイマラナー、などの特定の犬種が好発とされており原因疾患が様々です。
また、年齢では中年から高齢の犬に発生する傾向があり、メスよりオスでより頻繁に発生するとされています。

心膜液(嚢水)貯留の原因

心膜液(心嚢水)貯留には、さまざまな原因が考えられます。
以前の回で心タンポナーデをご紹介した際は急性出血によって心膜液が貯留する、悪性腫瘍の血管肉腫という病気についてご紹介しました。腫瘍が原因で起こるケースはこのように腫瘍が心臓内や心筋または心膜上に発生するものがあります。

また、心膜液貯留は、心膜の炎症感染によって引き起こされる場合もあれば、特発性(原因不明)の場合もあります。

心膜液(嚢水)貯留のその他の原因には、外傷血液凝固障害、心臓の左心系疾患(例:僧帽弁閉鎖不全症)により左心房が膨れることにより左房破裂、右心不全や両心不全(猫では左心不全でも)によるうっ血性心不全などがあります。一般的ではありませんが、心嚢液貯留は、低アルブミン血症(血液タンパク質レベルの低下により、血管から液体が漏れる状況)や心膜横隔膜ヘルニア(PPDH – 胸部異常を引き起こす遺伝的奇形)によって生じる場合があります。

心膜液(嚢水)貯留の影響について

心膜内が過剰な液体で満たされると、心膜嚢内の圧力が上昇します。最終的に、この圧力は心臓内の圧力以上になると心臓の心室という部屋に血液が充満できずに心タンポナーデを引き起こします。心タンポナーデは心臓の血液排出能力を低下させ、その結果、右心不全(腹水貯留)低血圧、心臓や他の器官への循環不良を引き起こします。

原因によっては、この体液の蓄積が急速に発生し、臨床症状が急速に発現する可能性があります。(腫瘍からの出血や左房破裂)その他、液体はゆっくりと蓄積した場合は、体が調整して補正するため症状は緩やかにしか出ません。

心膜液(嚢水)貯留の徴候

心嚢液貯留の症状(徴候)は、症状の重症度時間経過に応じて大きく異なります。

初期の症状には、多くの場合、腹水貯留と、その結果として目に見える腹部膨満、運動不耐症(疲れやすい、動きたがらない)があります。場合によっては、動いた時に失神が認められることもあります。咳や食欲の低下が見られることもあります。心嚢液貯留が軽度のレベルで長期間にわたって続く場合、悪液質(筋肉量の低下を主体とした体重減少)を発症する可能性もあります。

重症の場合、特に疾患が急性に発症した場合には、心嚢液貯留により前兆もなく突然倒れて(失神、虚脱)残念ながら死亡することがあります。

診断

身体検査で心膜液(心嚢水)貯留を示唆する多くの徴候が出ていることがあります。
歯肉がごく薄いピンクから白く、脈拍が弱く、呼吸数上昇し、呼吸が苦しそうにしていることがありますが、軽微であることも多く、これらもご自宅では気がつかれていないこともあります。その際に心臓の音を聴くと、心臓の周りに溜まった体液によってくもった心音(クリアではない)が聞こえることがあります。その他の所見には、肝臓腫大、腹水、首の頸静脈の怒張などがわかる場合もあります。これらの所見はすべて、心臓が血液を体全体に正常に送り出すポンプとしての能力が低下していることに起因します。 また、大腿部の脈拍を触知して心膜液(心嚢水)貯留を示唆する場合もあります。また、感染症に続発した心嚢液貯留が発生した場合は発熱があることもあります。

獣医師が心嚢液貯留を疑った場合、以下のような検査で原因を特定する必要があります。

  • 血液検査(全血球数と血清生化学)これらの検査は基礎疾患を探し、全体的な健康状態を確認できます。
  • 心臓バイオマーカー 心筋のバイオマーカーの測定は、犬の心嚢液貯留の根本的な原因を特定する一助となります。
  • 血圧測定 低血圧は、心嚢液貯留および心タンポナーデの診断を裏付けます。
  • 胸部レントゲン検査(X線検査)心膜液(心嚢水)貯留の場合は心臓が大きく丸く写ることがあり、これが診断の裏付けとなります。ただし、胸部 X 線検査では心嚢液貯留を明確に診断することはできず、心機能も判断できません。
  • 心電図検査 (ECG) 心膜液(心嚢水)貯留の診断を裏付ける特徴的な 所見が出ることがあります。
  • 心臓の超音波検査(エコー検査) 心膜液(心嚢水)貯留の確定診断にはエコー検査が必要になります。心臓がどの程度の機能で血液を送り出せているかもエコーで判明します。
  • 貯留液検査 心膜液貯留と診断された場合、心臓周囲の体液から採取したサンプルを分析して、貯留の原因を特定することができます。必ずしも確定診断ができるわけではなりませんが、特定の状態(リンパ腫や感染性心膜炎)の診断には有用になります。腫瘍に関しては細胞が出る場合もありますが、出ない場合も多くあります。

    心膜液が溜まっていた256頭の犬の細胞診の結果を振り返った過去の報告では細胞診は診断にいたら無い場合は92.3%。診断に至ったケースが7.7%でした。液体の性状の内訳は血液(90%)、腫瘍性 (4.6%)、感染性 (3.1%)、またはその他 (2.3%) でした。心嚢液貯留の診断有用性があったのは 7.7% であり、血様では無い(ヘマトクリット (HCT) <10%) の場合は 診断率が20.3% に増加したそうで、出血している場合は悪性の細胞が落ちてこずに細胞診での診断は難しそうです。

治療

基礎疾患の治療になります。これは、胸水が心不全、左心房破裂、凝固障害、または低アルブミン血症に関連している場合に特に重要となります。これらを治療することで管理でき、通常は心嚢液貯留が解消されます。

心タンポナーデにより緊急性がある状態になっている場合、心臓周囲の液体の除去を行います。この処置は心膜穿刺と呼ばれます。心膜穿刺は、超音波ガイドの有無にかかわらず実行できますが大抵は超音波ガイド下で行います。重要なのは、心膜穿刺では心膜液貯留は根治しないということです。

心嚢液貯留が腫瘍関連の場合、治療の選択肢は存在する腫瘍の種類に応じて異なります。(例 血管肉腫、心基底部腫瘍、中皮腫)場合によっては手術や化学療法が行われることもあります。

場合によっては、心膜液(心嚢水)貯留は心膜切除術と呼ばれる外科治療で実施することがあります。心膜切除術では、心膜に小さな開口部(窓)が作られます。これにより、蓄積した液体が心膜から周囲の組織に排出され、心臓への圧力が軽減されます。場合によっては、この治療法で治癒することもありますが大抵は繰り返す心膜穿刺を回避するための緩和ケアの目的として実施されます。

心膜液貯留が腹膜心膜横隔膜ヘルニアに関連している場合、ヘルニア整復の手術が必要です。

予後

予後は根本原因によって異なり、特発性心膜液貯留は生存期間中央値が15.3ヶ月という報告があります。
原因が腫瘍性疾患の場合は、どの種類の腫瘍かによって治療に対する反応や病気の進行速度が異なります。過去のデータでは血管肉腫は極端に予後が悪く、論文によりますが生存気管中央値は16日、12-27日とごく短く、抗癌剤による補助療法によって2-5ヶ月強まで延長するとされています。中皮腫が原因の場合は13.6ヶ月で心基底部腫瘍は32ヵ月間無症状で生存し、さらに放射線療法と心膜切除術を行うと42ヵ月間無症状であったという報告があります。

当然、各々の腫瘍も発見された時期に左右されるところがあり、例えば健康診断で偶発的に見つかった場合は初期で発見されるため、その後しばらく症状が無く、症状が出たために検査をして診断されたケースはすでに進行していることが多くなります。
心嚢液貯留の非腫瘍性の原因のほとんどは治療が可能で治療反応が良いケースが多く、各種検査で診断に近づけることが重要です。


ご心配なことや気になることがあればご相談くださいね。


当院は早朝7時から(日曜祝日は9時〜)完全予約制で診療を行なっています。夜間に体調を崩して朝も治っていない場合、すぐ対応できます。(緊急時はすぐにお電話ください)

引用:Cagle LA. at al. J Vet Intern Med.  2014 Jan-Feb;28(1):66-71.
   猫と犬の心膜液のReview Veterinary and Comparative Oncology. 2017
Sep 30.


この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。