犬の拡張型心筋症

                          

犬の心臓の病気では僧帽弁閉鎖不全症が最も多いとされますが、大型犬に多い拡張型心筋症も発生が決して少なくはないイヌの後天性(生まれてから発症)の心疾患病です。

【原因】

犬拡張型心筋症 (DCM) は、心臓が血液を全身に送り出すポンプの能力の低下を引き起こす心筋の病気です。
犬の DCM の原因は今でも研究されていますが、栄養、感染、遺伝的素因などの多要因が関係しています。イヌの DCM が特定の品種でより高い発生率があるということが、遺伝的要因がありそうなことを示唆しているとされます。

DCM にかかりやすい犬種(好発犬種)には、ドーベルマン ピンシャー、グレートデーン、ボクサー、コッカー スパニエルなどがいます。ボクサー DCM の一部のケースでは、食事によるカルニチン欠乏が関与している可能性があり、コッカー スパニエルではタウリン反応性 DCM が報告されています。その他にもラブラドール・レトリーバー、ゴールデンレトリーバーなどの大型犬種も好発犬種とされています。

DCMの発症時期は3−7歳と幅があるものの、中高齢で多くなります。10歳を超えると発症は低くなります。特殊な例ですごく若齢で発症するのはポーチュギーズ・ウォータードッグという犬種です。
また、は雌より罹患率が高いとされていますまた、は雌より罹患率が高いとされています。

【臨床症状】

 DCM は、心室壁の薄くなり主に心室が拡張するのが特徴ですが、多くの場合、心臓の 4 つの部屋(左心房・左心室・右心房・右心室)すべての拡張が見られます。心臓全体が大きくなりそれによって気管がおされてがでることで気がつかれ、病院に連れてこられることがあり、比較的早期の発見になることもあります。
全身へ血液を送るポンプの役割がある心臓の能力が低下し、血液の体への供給が減少します。そのため、元気消失体重減少、などの症状が出ます。ドーベルマンとボクサーでは失神や突然死などの不整脈に起因した症状が多いとされます。(突然死はDCM全体の2−3割)また、うっ血性心不全(7割強は左心不全による肺血管のうっ血で肺水腫、3割は両心不全で胸水、心膜液、腹水)は比較的一般的な症状です。
ニューファンドランドでは3割強が腹水があるとされています。

DCMは心拍数上昇、心臓の拡張、心筋の酸素供給の減少を起こし、これらは心房または心室のいずれかで生じる不整脈である(心房細動、上室性頻拍、心室性期外収縮、心室性不整脈)を発症しやすくする可能性があります。不整脈は突然死の原因となる可能性があります。

【診断 】

DCM は心エコー検査で診断されます。
心エコー検査により心室の拡大と、この疾患の特徴であるポンプ機能の低下(収縮能の低下)が確認できます。

上の心筋(中隔壁)は動きが良いものの、下の心筋(自由壁)はあまり収縮していません。拡張した時も収縮した時も正常より拡大しています。
ポンプの機能が落ちて左心房が拡大しています。本来真ん中にある大動脈と左心房が1:1であるのが正常です。
この子は軽度の弁の変性もあったのですが、悪化せず僧帽逆流(MR)は軽度のままで拡張型心筋症が主体です。
また、一般的に拡張型心筋症は心臓が大きくなるため弁が合わさりづらくなることで血液が逆流してしまう中心性MRという逆流もでます。

胸部 X 線撮影は、肺 や肺血管を評価するのに役立ち、肺内 (肺水腫) または肺周囲 (胸水) の体液が確認できます。

血液検査では心臓のバイオマーカー (心筋トロポンI、NT-proBNP)は、心臓や心臓病の構造変化に伴って変化する体内の特定のタンパク質レベルを測定します。これらの検査の結果は、犬の症状によって評価が変わり補助的な検査になります。
また、ホルモン性疾患である甲状腺機能低下症でも心臓の収縮が落ちるためそのような背景疾患がないか確認します。


心電図検査は、心臓のリズムや心拍数が確認できます。不整脈の確認も行えますが院内の心電図だけでは全ての不整脈を検出できいないので、自宅で過ごしながら検査可能な 24 時間の心電図 (ホルター心電図) が推奨される場合もあります。今は小型になっていてスマートフォンで確認できるものがあり、当院でも検査が可能です。

血圧は高血圧や低血圧で収縮に変化がでます。高血圧の場合には心臓の収縮が弱いようにみえるので、心臓の筋肉の収縮が悪いと感じられた場合は血圧の確認も必要です。またDCMが存在し病気の進行や不整脈があると低血圧が懸念されるためその際も血圧測定を行います。

【治療】
  • 強心剤(ピモベンダン):心臓の収縮 (ポンプ) 機能の改善、末梢血管の拡張による心筋の仕事量を減少させる強心剤
  • アンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害剤: ACE 阻害剤は、血圧を下げ、心臓から血液が出やすいように血管を広げ抵抗を軽減します。エナラプリルやベナゼプリルやアラセプリルは犬に一般的に使用される ACE 阻害剤です。
  • うっ血(肺水腫、胸水、腹水、心膜液)が存在する場合にはそれを抜去します。利尿剤(フロセミド、とラセミド)や皮膚から細い針を指して抜く方法があります。
  • 心拍数や不整脈が存在する場合には内科治療でコントロールします。緊急の場合には注射で行い、その後の維持は内服薬を投薬していただきます。
    2 つの主要な薬は、ベータ遮断薬 (アテノロール、ソタロール、カルベジロールなど) とカルシウム チャネル遮断薬 (ジルチアゼムなど) です。他の種類の抗不整脈薬にプロカインアミド、メキシレチン、アミオダロンなどもあります。
【栄養】

栄養性 DCMはタウリンや L-カルニチンなどの特定のサプリメントで回復できる可能性があります 。タウリン欠乏症は過去に猫のDCMの主な原因でしたが、今は通常のフードで栄養がたりなくなることはないので猫のタウリン欠乏性DCMを見ることはなくなったといってもいい状況です。アメリカンコッカースパニエルやゴールデンレトリバーなどの特定の犬種は栄養性にDCMを起こしたとされるいくつかの報告があります。また、以前“フードの選択”で詳しくご紹介しましたが、近年グレインフリー食が市場に増え、一部でDCM好発犬種ではない小型犬に多くDCMが発症したという報告があり今調査中です。現状では穀物を添加しない代わりに入っている豆類に原因があるのではないかということが言われています。

【予後】 

犬の DCMの予後は品種や発症時の状態によって異なります。
たとえば、DCMのドーベルマン ピンシャーの予後は他の犬種より悪いとされますが、コッカー スパニエルの DCM は比較的ゆっくりと進行する可能性が言われています。
ドーベルマン、ボクサー、ニューファンドランド、グレートデーン、アイリッシュウルフハウンド(IWH)など、遺伝的にDCMにかかりやすい品種には、心エコー検査とホルターモニタリングを使用した年1回のスクリーニングが推奨されています。症状がない時から検診をすることのメリットがあるとされますが、それは症状のない時期(前臨床段階から)内科治療を始めることが症状を起こすまでの時間や生存期間を延長させたという報告があるからです。

PROTECT”という臨床研究 
アメリカとヨーロッパの大きな病院10施設で症状がないのドーベルマンピンシャーを検査しDCMと診断された60例で、ピモベンダンが入っている薬と成分が入っていない薬を同時に開始してピモベンダンを早期投与するメリットを見た論文です。
結果、心不全の発症または突然死までの期間中央値は、ピモベンダン群が718日( 441~1152日)でピモベンダンを飲んでいない群は(441日(151~641日)とピモベンダンを飲ませた群が長く、生存期間の中央値は、ピモベンダン群が623日( 491~1531日)で成分が入ってないものを飲んでいた群466日( 236~710日)でした。

2009年の臨床報告
ドーベルマンピンシャーにおける DCM (オカルトDCM) にたいしてACEI:ベナゼプリル を投与したら発症を遅らせている可能性が示唆された報告があります。ベナゼプリルを投与した場合はDCM発症までの期間が453日、飲んでいない子たちは356日という結果でした。



一部をご紹介しましたが、他にもドーベルマン以外の犬種でもメリットがある報告がいくつかあります。


一般に、発見時にうっ血性心不全(肺水腫、胸水、腹水、心膜液など)になった犬は、発見時にうっ血性心不全になっていない子よりも予後が悪く生存期間が短いとされます。
ある多くのDCMの子を追跡した報告ではうっ血性心不全の犬の1年生存率は17.5%、2年生存率は7.5%でした。
また、薬治療でQOLの改善と生存期間を伸ばす可能性も知られています。

エコー写真の子は、それまで元気でしたがアジリティー(運動)をした時に急に力が入らず呼吸が早くなり失神しましたすぐに普通にもどったものの、ご心配で来院されました。
検査で、最初は心膜に水が溜まっていましたが強心剤(ピモベンダン)とACE阻害剤を開始したところすぐに心膜液が消失し1年以上元気です。今は心房細動という不整脈も出ていますが、症状もなく良好に保たれています。

好発犬種は年に1回の心臓検診は受けるのをお勧めします。

また、疲れやすい、寝てばかりいるなどの症状も早期発見できるシグナルかもしれません。

気になる時はまず動物病院に相談しましょうね。

参考文献

Tidholm A et al JAAHA 1997 Jul-Aug;33(4):364-8.
Summerfield NJ et al. JVIM 2012 Nov-Dec;26(6):1337-49. O’Grady MR. et al JVIM 2009 Sep-Oct;23(5):977-83. 10.1111/j.1939-1676.2009.0346.x. Epub 2009 Jul 1.

この記事を書いた人

巡 夏子

大学卒業後、北海道の中核病院で内科や外科診療に携わった後、関東の夜間救急病院で勤務しながら大学病院や2次診療施設で循環器診療を習得。その後、2つの一般病院で診療部長や副院長として診療にあたる。2023年、渋谷区元代々木町に「めぐり動物病院 元代々木」を開院する。